「ステラポラリス」の永久保存は国民的課題
「ステラポラリス」の永久保存は国民的課題
中川 洋
日本文化の潮流には、改めて述べるまでもなく、海とのかかわりが色濃く反映されている。近代日本の形成から現代の日常生活にいたるまで、海運はわれわれの生活の基盤を支えてきた。しかし、日本人のなかに海や船を大切にする気持ちが培われてきているとは言い難い。世界屈指の海運国、造船国であるにもかかわらず、船への関心はことのほか低いと言わざるを得ない。「鉄道の本は売れるが船の本は売れない」とは某出版社の営業部長の弁だが、書店に並ぶ定期刊行物の点数をみても、そのことは実感できる。日本には、ヨーロッパ諸国には必ずある国立海事博物館(National maritime museum)もないし、海事遺産や伝統的な造船技術を継承するための基金も施設も見あたらない。
船舶の保存について、これまで計画的系統的になされてきたことはなく、ほとんどの船が、何の躊躇もなくスクラップにされ、また海外に売船されていった。このことは、同じ海事遺産でも所有・管理者がひとつ(海上保安庁)である灯台が相当数保存されてきていることと対照的である。
現在全国には、意図して保存展示されている船舶がおよそ50隻あるが、大半は漁船、実験船、巡視艇など小さなものであり、1,000トンを超えるものは数えるほどしかない。横須賀の「三笠」、横浜の「氷川丸」が10,000トン超で突出しているほかは、青函連絡船(函館の「摩周丸」、青森の「八甲田丸」、船の科学館の「羊蹄丸」、長崎のホテルビクトリア「大雪丸」)、南極観測船(船の科学館の「宗谷」、名古屋港の「ふじ」)、練習帆船(東京海洋大の重要文化財「明治丸」、横浜みなとみらいの「日本丸」、富山新港の「海王丸」)くらいのものである。大きな船を保存するには、メンテナンスに莫大なコストがかかるからである。商船三井唯一の保存船だった移民船「ぶらじる丸」や、先の大戦の唯一の生き残りだった元海防艦「こじま」も惜しまれながらスクラップになってしまった。
船種にも偏りがあり、客船・貨客船は「氷川丸」、青函連絡船のほか、瀬戸内海の連絡船「本島丸」が群馬に、フェリー「第五倉岳丸」が天草に残るのみである。保存方法も、陸揚げして船体下部を埋めたり取り除いたりして、すでに「船」ではなくなっているものが多い。船の公開にあたっては消防法や建築基準法など陸上施設の法律が適用されるため、ますます保存公開が厄介なものになっている。
このような日本の惨憺たる保存船事情のなかで、「ステラポラリス」の存在は、燦然と光り輝いている。戦前建造の5,000トンの純客船というだけでも稀有の存在といえるのだが、海外にも保存例の少ない古典的なロイヤルヨットの面影を今に伝えているというてんでも世界的な宝物である。この船をフローティング状態で今日まで維持してきた関係者の努力には頭が下がる思いがする。富士山をバックにした西伊豆の風景にすっかり溶け込んだこの名船をなんとしても守らなくてはいけない。「ステラポラリス」の永久保存は、これまでの「無関心」に対する反省の総決算として、国民的規模で成し遂げられるべき事業であると考えている。
【筆者プロフィール】1962年東京生まれ。大学卒業後、海運会社に十年間勤務。のち大学院にすすむ。法政大学大学院人文科学研究科博士課程中退。現在千葉科学大学、武蔵野美術大学非常勤講師。専門は交通史、産業考古学。

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